フランス料理

フレンチの塩使い

言うまでもなく、塩の量や使い方を正しく理解すると料理が劇的に美味しくなります。また、塩には様々な効果があり、味付け以外の目的にもその効果を利用した料理が数多くあるのは既に知られています。

塩は最も馴染みがある調味料でもあり、最も難しい調味料でもあります。美味しくするテクニックは色々ありますが、やはりポイントとなるのは塩の量と使い方です。塩と料理について調べると間違いなく調理科学の領域に足を踏み入ざるを得なくなります。

この記事ではそれらの説明は極力なくして、フランス料理の塩における考え方と、塩の科学的な効果とは直接関係ない、塩釜と海水をつかった調理法を引き合いに出して塩の使い方について考えてみます。

塩を恐れない


料理をサイエンスの面からひも解く書籍Cooking for Geeksのインタビュー記事で興味深い内容がありました。「料理の勘違いについて語る」のなかで料理を学んでいる人にありがちな間違いとは?の問いに、ブリジット・ランカスターは塩の使い方についてこう述べています。

最大の間違いは塩を恐れることだと思います。料理のさまざまな段階で塩を加えることは、食品の味だけではなく、食感にも影響するということを知らないのです。油やバターを引いたフライパンにタマネギを入れることを考えてみてください。塩を少量加えると水分がより多く引き出されるので、カラメル化が促進されて風味が増します。

さらに、味見の重要性とその味を感じながら調味料で最終的に調整する大切さを説いています。

インタビュー記事では、塩の調味効果による味付けも大事だが、むしろ塩の浸透圧による脱水効果によって引き出される味の効果についても言い添えています。たしかに、調理師専門学校の学生さんや料理教室の参加者さんを見ていると、塩に対して臆病な一面があるのは否めません。

レシピには目安になる塩の分量が記載されていますが、あくまでも目安。最終的に微調整が必要な場合もあり、本人が調整しなければいけません。

こちらがいくら塩の量を伝えても、慣れない塩加減や塩の加え過ぎによる失敗や、戸惑う場面を何度も見てきました。随所に塩を使う重要性も理解していながらも、塩が重ねる味や効果が想像できないために、塩に対して躊躇してしまうのかもしれません。

基本の調味料


塩の効果でまず思いつくのは、味を付ける基本調味料としての塩でしょう。また、適切な塩味によって食欲も増します。塩の量さえ加減できていれば、あとは食材の組み合わせと加工の仕方次第で料理は間違いなく美味しくなります。

しかし、塩ばかりだと単調になりやすいのが欠点。それを解消するために、例えばスパイスの代表である胡椒を加え、味に小気味よいリズム感を加味します。塩が適切に使われていない調理された野菜や肉、魚に、どんなにおいしいソースをかけてもなんだか物足りなく感じるはずです。

その先の味を想像


パイ包み焼きがあります。それを構成する要素として、パイ生地に使われている塩。ファルスと呼ばれる詰め物に使われている塩。そのファルスに加える野菜を前段階で調理する時の塩。と、パイ包みを構成するパーツ一つ一つに塩が加えられます。

確かに、ファルス1kg当たりの塩はレシピで決まっていますが、先の生地や野菜にせよそれらの塩加減も考慮しつつ、必ず微調整を行います。

特にパイ包み焼きのように調理中に味見ができない料理の場合は、間違いなく仕上がりの「味の想像力」が欠かせません。本人にしかわからない肌感覚や、レシピでも表現できない感覚的なもので、塩加減は最終的に決まります。

塩の順序の是非


牛ステーキに塩をふる時、焼く直前が良いのか、もしくは前もって振るのがいいのか、レシピ本や料理人によって違います。さらに様々な条件が加味されるので、一概にこれが美味しい方法だとも言い切れなく、とても難しいと思います。

前もって振る

最近では、例えばステーキ肉の重さに対しての塩が何%と量が決まっている場合は、前もって塩を振って味をなじませておいた方が良いと言われています。

そのさい、旨みが逃げる、肉が固くなる、などの意見もありますが、そのあたりは焼き方で補えるでしょう。この後述べますが、前もって塩をすることで肉に塩が馴染み、焼いている最中に塩が剥がれるのを抑えられるので、塩の量を把握しやすいのが利点といえます。

直前に振る

反対に直前に塩を振る場合は、あらかじめ多めに塩を振るのがセオリーです。焼いている最中に一定量の塩は必ず焼き油(脂)へ落ちます。そのため多めに塩を振るのですが、その多めの塩の量は完全に個人の経験や感覚に委ねられます。

その違いを楽しむのが正解

さらにソースの有無と有りの時は何を合わせるのか、フルールドセルの使用、調理後にさらに塩を振るなど、提供法は様々なのでそのあたりも加味する必要があります。よっていつ塩をするのがベスト、どの位の塩の量が良いかは一概には言えません。

学術的に実証されていることでも、それを選ぶのは調理する人次第。それで美味しければ正解な部分もあります。あれも正論これも正論、どれが常にベストとは言い切れないのが、料理の悩ましいところでもあり面白いことでもあります。

常に入れ替わる情報の中、目標地点がイメージできていれば、何を選ぶかはその時々で常に変わってもいいと思います。多くあるやり方の中から、いろいろと試してみて、その違いを楽しみながら調理するのが一番いいのではないでしょうか。

塩を加えて引き出す甘味


例えば、ヴィシソワーズを作る時にポワローをバターと共にじっくりと炒めます。この時必ず塩を加えます。目的は味付けよりも塩の効果でポワローから水分を引き出すことです。

このポワロー自身が持つ水分でじっくりと甘みを引き出すことができ、少量の塩味は甘く感じるとも言われています。また、バターの水分と蓋をして蒸し煮することでさらにポワローの特徴を引き出すことができ、塩の効果を手助けします。

塩釜と海水のジュレ


塩の化学的な効果とは直接関係ないが塩をキーワードにした料理として塩包み焼きと海水のジュレを思い出します。

密閉作用

塩釜焼きは和食ではお祝い事に欠かせない縁起の良い料理とされています。世界的に見ると、最も古い塩釜焼きの記録は紀元前4世紀。北アフリカのチュニジアで発見されているようです。

それ以後、現代まで廃れることなく伝わるこの調理法には国境はなく、高級フレンチレストランでもたびたびメニューで見かけます。修業時代にお世話になったレストランでも「的鯛の塩釜焼きローリエ風味」を出していたのを記憶しています。

主に魚では、鯛、鮭などの比較的大きな魚に用いられます。また肉では、丸鶏やラムラックなどの塊肉に応用されます。野菜は丸ごと時間をかけてゆっくり火を通すと甘味が出る、ビートやジャガイモのような根菜が向いています。

仕込む時は基本的に塩をかぶせるだけで調理できますが、塩釜の密閉度を増すためや扱いやすくするために塩に水や卵白や小麦粉を加えます。さらに料理の個性を出すために海藻やハーブを加えます。調理中の水分蒸発を抑え、食材の水分を保持する効果があります。

また、オーブンの熱から直接食材へ伝わるダメージを和らげる「クッション材」のような役割もあります。塩釜から食材へゆっくりと均等に加熱されるため、しっとりと仕上がるのが特徴です。

調理には時間がかかりますが、焼きあがったまま食卓へ運び、木槌で塩釜を割るパフォーマンスはいっそう食卓を盛り上げます。

塩の素を利用する海水ジュレ

仏のレストラン・ギーサボアには、前菜の牡蠣料理に海水のジュレを使ったスペシャリテがあります。牡蠣を開ける時に出た汁を利用してジュレ仕立てにしたもので、海水を多く取り込む牡蠣の汁を無駄なく使う料理です。

塩釜焼きと同じく塩の化学的な効果を利用したものではありませんが、塩の素である海水を使った料理としてはシンプルですがとても画期的な料理です。今でも多くのレシピがこの手法をお手本としています。

塩選びの本質


おすすめの塩をよく聞かれます。しいて言うなら精製塩よりも自然塩(天然塩)を使った方がいいです。そして海塩や岩塩の選択肢はありますがそのあたりも好みです。また粗塩よりも焼き塩の方が使いやすい、くらいでしょうか。

基本1種類で十分ですが2~3種類あると目的に合った使い分けができます。あとは値段次第です。まずは気になる塩を一定期間使ってみることで、自分の料理観と合った塩を探るのが良いでしょう。そしてもっとも大切なのは塩の量=塩加減です。

そのあたりの感覚を得られたら、塩の産地や商品名をこだわって選んでみるのが良いでしょう。塩の専売制が廃止されて以来、その種類は増えプロでもその使い分けをするのは難しく、また塩に対する考え方も様々です。

まとめ

今回は塩について少しだけ深掘りしてみました。時代に応じて変わる塩の価値や使い方。多くの塩の効果は学問的に実証されております。かたや、一つまみの塩は約1gと初心者を惑わすなんだか不明確な塩の分量もありますが、慣れてしまえばむしろ便利な表現です。

また紙塩のように和食の繊細な塩使いの表現も忘れてはいけません。塩は量と使い方次第で、かなりのところまで料理を美味しくできます。正しくその効果を理解するともっと上手にできます。馴染みがあり過ぎて脚光を浴びることはありませんが、今一度考えてみる価値はありそうです。

参考資料

塩の本 1998 柴田書店

橋本壽夫 塩の事典 2009 東京堂出版

ジェフ・ポッター著 水原 文 訳Cooking for Geeks料理の科学と実践レシピ 2016 オライリー・ジャパン

スチュアード・ファリモンド著 料理の科学大図鑑 2018 河出書房新社

石川 匡子 著 塩が生み出す味の広がり
https://www.saltscience.or.jp/symposium/2018_2-ishikawa.pdf 2020/07/26閲覧

橋本壽夫 塩の世界 https://hts-saltworld.sakura.ne.jp/index.html 2020/7/27閲覧

レストラン ギーサボア https://www.guysavoy.com/ja/ 2020/07/27閲覧